浦和地方裁判所 昭和54年(タ)106号 判決 1982年5月14日
本籍 なし
住所 埼玉県川口市
原告
甲野マリ
本籍 埼玉県川口市
右法定代理人親権者母
甲野花子
(昭和一八年生)
国籍 アメリカ合衆国
住居所 不明
被告
T・G・R
主文
原告と被告との間に父子親子関係が存在しないことを確認する。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実
一、原告は主文同旨の判決を求め、請求原因として次のとおり述べた。
1 原告の母甲野花子は、昭和四六年四月二日、アメリカ合衆国ニューヨーク州ニューヨーク市において、同州法に基づいて被告と婚姻し、昭和五三年二月一六日頃まで夫婦として生活していた。
2 しかしながら、花子は、右同日、単身日本へ帰り、以後、被告と別居し、何の接触ももたなかつた。
3 昭和五三年一一月九日アメリカ合衆国ジョージア州ダグラス郡地方裁判所の性格の不一致を理由として花子と被告とを離婚する旨の判決が確定した。
4 花子は、右判決に先立ち、昭和五三年五月六日頃日本国民である丙野一郎と事実上結婚し、翌五四年二月七日原告を出産した。
花子と一郎は、同年五月三〇日川口市長あて婚姻届を出した。
5 その後、花子と一郎は、川口市内において原告を養育し、現在に至つているが、右のとおり、原告は、花子と被告の婚姻解消後三〇〇日以内に出生したため、我国法上被告の嫡出子であるとの推定を受けているので、本件確認の裁判をえて、その結果、日本人たる一郎の嫡出子として、その認知の時から日本国籍を有していたものとして一郎の戸籍に入籍したい。
よつて、原告は被告との間に父子親子関係の存在しないことの確認を求める。
二、被告は、公示送達による呼出を受けたが、本件口頭弁論期日に出頭せず、答弁書その他の準備書面も提出しない。
三、証拠関係<省略>
理由
一まず、本件につき我国の裁判所が国際的裁判管轄を有するか否か、換言すれば、我国の民事裁判権が本件に及ぶか否かについて検討するのに、この点については我国の法律に直接の明文の規定がなく、明確な国際法上の原則も未だ確立されていないので、専ら条理にしたがつて解決するほかはない。
そして、本件のような親子関係事件においては、被告の住所が日本にある場合はもとよりのこと、子の住所が日本にある場合にも、子の利益保護の見地から、我国の民事裁判権が及ぶものと解するのが相当である。
二ついで、本件の国内的裁判管轄について検討するに、本件のような親子関係不存在確認の訴につき、右管轄を直接に定めた規定はみあたらないから右訴に類似する訴の管轄につき規定する人訴法二七条を類推すべきものと解しうるところ、本件において原告たる子の住所が、埼玉県川口市内にあることは、後記三に認定するとおりであるから、本件につき当裁判所が専属的に国内的裁判管轄を有するものというべきである。
三<証拠>によれば、請求原因1ないし4の事実及び花子が原告の出生以来、原告を川口市内で養育していることは、すべてこれを認めることができ、この認定に反する証拠はない。
また、右認定事実からすると、原告が請求原因5で主張するとおり、我国法上、原告が被告の子たる推定を受けていること、したがつて、原告において本件確認の裁判をうることができれば、原告は一郎の嫡出子として、その認知(嫡出子出生届)のときから日本国籍を有していたものとして、一郎の戸籍に入籍しうるものであるから、この点において、本件における確認の利益を肯認することができる。
四そこで、本件の準拠法の指定につき検討するに、本件においては、原・被告間に、嫡出親子関係はもとより非嫡出親子関係もないこと、すなわち、実親子関係それ自体ないことが主張されているところ、かような場合、嫡出親子関係が否定されれば実親子関係そのものの不存在も確認されるから、本件親子関係の存否については、これを嫡出親子関係の問題として、その準拠法の指定に関しては、法例一七条を類推適用すれば足りると解するのが相当である。
五ところで、前記三の認定事実からすると子の出生当時における母の夫(法例一七条)に類するものとして原告との嫡出親子関係の存在が推定されるのは、アメリカ合衆国人たる被告であり、また、アメリカ合衆国は、州により法律を異にし、かつ、同国の準国際私法上、人の家族関係上の身分については、その者の住所地の法によつて律せられることになつている。
そして、弁論の全趣旨によれば、原告の出生当時、ジョージア州アトランタ市に本源住所地を有していたものと認められるから、法例一七条、二七条三項により、結局本件親子関係の問題については、ひとまずジョージア州法によるべきこととなる。
六ついで、本件において反致が認められるか否かの点につき検討するに、アメリカ合衆国の国際私法上、一般に嫡出親子関係の問題は、子の出生時における右親子関係が問題とされている親の住所地法によることになつており、ジョージア州法も同様であるから、本件親子関係の準拠法の決定に関し、法例二九条による反致を認めることはできない。
七そこで、ジョージア州法をみるに、同法によると婚姻中に生まれたすべての子又は婚姻解消後通常の懐胎期間内に子が生まれた場合、夫の嫡出子と推定されるが、夫婦が別居していた場合を除き夫婦の接触の可能性があるときは、嫡出子であることにつき強度の推定が与えられるが、その推定は証拠により覆しうることとなつている。
そして、前記三で認定した事実関係にこの法規を適用すると、原・被告間には嫡出親子関係が推定されるべく、しかし、この推定は、懐胎時に被告と花子が別居していたことにより覆されるべきものであり、このことと右認定の事実関係とからすれば、原・被告間には嫡出親子関係も実親子関係もないというべきである。
また、右親子関係不存在の確認につき確認の利益が認められるのは、前判示のとおりであるから、原告の本訴請求は、正当としてこれを認容すべきものである。
八よつて、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。
(薦田茂正 小松一雄 小林敬子)